みんなから頼られる存在は、物作りの才能もきらり
ライブに足を運ぶほど好きなのは、ものまねタレントのコロッケさん。家でよく聴くのはアイドルのヒット曲。港南福祉ホームの一室で楽しそうに語ってくれたのは、中度知的障害のある大野千鶴江さん。
港南福祉ホームは横浜市が独自に取り組む障害者地域活動ホームの一つで、仕事としての創作活動のほかに体操、外出行事などの余暇的活動を行っています。
女性利用者のなかで最年長、61歳になる大野さんはみんなから頼られる存在です。ホームに通い始めたきっかけは、「当時、訪問販売で高価な下着や布団を買ってしまい経済的に困ったことになって……。家にいるとまた勧誘の人が来るので、2006年からホームで働くことにしました。職員さんは相談できる存在、ほかの利用者さんは友達。そう思える人と出会えて嬉しいです」

ホームには毎朝9時15分に到着。朝の会でその日の仕事が決まり、内容は刺繍、七宝、織物などの創作活動が中心。作品の評判は口コミで広がり注文が増え、大野さんはイベントやワークショップの経験も豊富です。約3カ月かけて織り上げたというマフラーを見せてもらうと、繊細な織目に物作りへの真摯な姿勢を、優しい色彩美に唯一無二の才能を感じます。

似顔絵も得意で「絵を習ったことはなく、やってみたくて描いたらうまく描けちゃった」と自然体。相手の顔をじっくり観察し、目や鼻の特徴を掴むと「描けちゃう」才能の持ち主です。
34歳で結婚、心温かい人に囲まれて団地ライフを謳歌
プライベートは知的障害のあるご主人と団地で二人暮らし。ご主人とは、大野さんが障害者枠で一般就労した大人用おむつなどを作る工場で出会いました。交際中は行きつけの寿司屋やスナックでデートを重ね、34歳で結婚へ。
「最初、旦那のお義父さんに『うちの息子はどうですか』って言われ、お義父さんに見初められて結婚したんです。決めては、一人より二人でいるほうがいいかなと思えたこと。それまでお母さんと住んでいて、一緒だと甘えちゃうから別々に住んで頑張ってみようかなと思った。親から離れて自分で生活していけることに幸せを感じました」
団地では困ったら手を貸してくれる人たちに恵まれ、下の階に住む年上女性は「お母さんの代わりになんでも聞ける存在」。通院や入浴の介助をしてくれるヘルパーや自立生活アシスタント※のおかげもあり、不自由なく社会生活を営んでいます。休日は団地の集会所でカラオケを楽しみ、十八番の「いい日旅立ち」を熱唱。老人会のグラウンドゴルフにも興味を持ち、クラブとボールを買い揃え夫婦で楽しんでいるとか。これからやりたいことは「ライブでコロッケさんに会えれば満足かな。あとはコロナ前のように、ホームのみんなと泊まりがけで旅行に行きたいです」
※専門的な知識と経験をもとに生活力、社会適応力を高めるための支援を行う。大野さんは家計管理などのサポートを受けている。
我慢したことも、障害を意識したこともありません
興味があることにチャレンジし、コミュニケーション意欲も高い大野さんですが、自身の障害をどう捉えているのでしょうか。 「周りから『あなたは障害者だから○○をしてはダメ』と障害を理由に我慢させられたことはありません。だから自分の障害を意識したことはないです。学校は中学まで普通学校で、高校受験はハードルが高くて洋裁学校に行きました。普通高校に行ったお姉ちゃんを見て羨ましいと思ったけど、悲しくなっちゃったことはないかな。どうしてと聞かれても理由を探すのは難しい」

置かれた状況で有難く生きる。それが自然にできる大野さんから学ぶことは多いように思います。ただ少し困っていることもあるそうで、「例えばスーパーのセルフレジ。店ごとにタッチパネルや現金投入口の位置が違うためわかりづらく、仕様を統一してほしいです。あと利用しているバス停には手すりがありません。だからバスが歩道から離れて止まると一人で降りるのが怖くて。困っているときは手伝ってくれると嬉しい」と語り、その言葉に共生社会を実現するためのヒントをもらえました。

<プロフィール>
大野千鶴江さん(左)
港南福祉ホームに週5回通所。織物や似顔絵は、特に好評で口コミで創作依頼が増え日々やりがいを感じている。
港南福祉ホーム 島宗所長(右)